当事者として考える、アスリートのセカンドキャリア問題を無くす方法
「年末年始、何かしらブログ書きますね」と言ってようやく書いた久しぶりの記事。
いろいろテーマはあるのだが、アスリート関連で書いてみようと思う。
「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」という番組をご存知だろうか。
厳しいプロ野球の世界で必死に生き残りをかけて戦う選手たちのドキュメンタリー番組だ。
この番組、昔は「プロスポーツ選手という職業は、ハイリスクハイリターンなんだな」と他人事で観ていた。
ところがどうか。30歳を超えるスポーツ選手となった今の自分にとっては、なかなか他人事として観ることはできない番組である。
プロスポーツの世界は競争が厳しいからこそ人材の質の高さが保たれ、魅力が際立つ。
「競技、頑張ってね!」と応援してくれている人たちの期待に応えるのは気持ちいいが、そういう人たちが生活を保障してくれるわけではない。そして、他の職業に比べて早いタイミングで引退を迎える人も多い。
「アスリートのセカンドキャリア」
オリンピックのタイミングなどでちらほら話題になるが、当事者としてこの問題を考えてみたい。
一般的に、アスリートのセカンドキャリア問題というと、「職」「プライド・アイデンティティ」の大きく2つに大別されるようだ。
「職」というのは、競技成績を残すことに特化してリソースを割いてきたことで、今まで築いてきたスキル・経験が引退後は通用せず、職探しに苦労するということらしい。
「プライド・アイデンティティ」というのは、選手時代に得てきた名声・評価を失ったり、引退後に「競技者」というアイデンティティを失ってしまったりして、人生に対する前向きな展望を無くしてしまうというものらしい。
他にもいろいろあるのかもしれないけど、大きくは上記で外れていないと思う。
さて、これに対して31歳の現役スポーツ選手である自分が感じるのは「アスリート固有の問題ではない」ということだ。
アスリートが直面しやすい問題ではあるだろう。
「スポーツの舞台はオリンピックのような大舞台が用意されており、周囲が応援してくれる環境が整っていて、辞めづらい」
「競技をしていた当時はちやほやしていた人たちが、引退後は手のひらを返したように見向きしなくなって人間不信になってしまう」
「引退後に職が見つからないことで、家族の生活を支えるのがとても厳しい」
個々人の状況は様々で、中には自殺に至る人もいるかもしれない。
自分は「それでもいい」なんて言うつもりはないが、アスリートだけが直面する問題ではないと感じている。
パチンコやスマホのソーシャルゲームにハマっている人も、芸能活動を長く続けている人も、定年後のサラリーマンも同じような状況に陥るかもしれない。
一流と呼ばれる大学を出て、有名な大企業で順調に出世し、家族にも恵まれるような人でも、「自分は何者にもなれていない。残りの人生を今の延長線上で生きるのが辛い」なんて悩みを持つ場合もある。
そう考えると、アスリート固有の問題ではなく、「各人が自分の人生をいかに歩んでいくか」という問題に帰結する。
表に出すかどうかはともかく、多かれ少なかれ人生に悩みを持って生きている人は多いだろう。なにもアスリートが特別なわけではない。
「自分の人生を生きる」という覚悟をしてきたかどうかの問題だと思う。
アスリートでいうと、社会で幅広く必要とされるスキル・経験を持たないまま長い年月スポーツに打ち込むということで得られるものと失うもの。そういうものをきちんと考えた上で、それでも「自分の人生はこれだ」と決断してきたのかどうか。
「職探しに困る」という人生が嫌だったら競技者の間に自己研鑽することはできるし、「最悪、生活保護でもOK」であれば、それなりの時間の過ごし方もできる。
「競技で結果を残さないといけない状況に、あえて自分を追い込む」と背水の陣を引くのもありだ(余談だが、ハンターハンターの「制約と誓約」という設定が好きで、それに近い)。


そういう決断の上であれば、少なくとも「こんなはずじゃなかった」と悩むことは少なくなるだろう(もちろん、良くも悪くも予測していないことが起こるのが人生の醍醐味であるため、完全に思いどおりにはならないのだが)。
自分はオリンピックに出場すらしていないし、有名スポーツ選手として名を馳せているわけではないから、セカンドキャリア問題について想像できない部分も感じ取れない部分も存分にあると思う。
でも、「一流とされる大企業を離れて、スポーツで活躍する」という決断をして、現在スポーツ選手として活動する当事者としての意見は持ち合わせている。
「自分の人生をどうしていきたいのか」
「それを達成する手段はどういうものがあるのか」
「その手段の良し悪しは、どのように検証していくのか」
「手段を実行する上で、どういうリスクがあるか。それらのリスクを受け入れられるか」
こういうことを自分で考え抜いたり、信頼できる友人・家族と議論することで、セカンドキャリア問題は解決に向かうと思う。
そして、そもそも「アスリートのセカンドキャリア問題」というよりは、「各人が自分の人生をいかに歩んでいくか」という問題なんだということに気付けるだろう。
ボートを始めて、そして、ボートを辞めて良かったという話
ボート選手として書いた最後のブログ記事から約3年。
世界最高峰のヨットレース「アメリカズカップ」に向けて海外(バミューダ)で生活したり、アスリートのセカンドキャリアという自分には無縁と思っていた課題に直面したり、新たにワクワクするイベントへの参加が決まったりと、まるでジェットコースターのような3年間でした(心の浮き沈み的な意味も含めて)。
今年から「SailGP」という新しいセーリングイベントで日本チームの選手として活動します。
前回のアメリカズカップ艇「AC50」を改良した「F50」を使う新リーグで、2019年は「シドニー、サンフランシスコ、ニューヨーク、カウズ、マルセイユ」の世界5ヶ所でレースをします。
世界屈指のセーラーで、ロンドン五輪金メダル・リオ五輪銀メダルと2大会連続でメダルを取り、世界選手権でも8回くらい優勝している「Nathan Outteridge」がチームのキャプテン兼CEOを務めます。キラキラのキャリアです。
最初は日本チームにNathanのような外国人選手も加わっていますが、一年ごと日本人を増やしていかないといけないので、数年後には全員が日本人のチームとなります。日本の若いセーラーにとっても、大きなチャンスでしょう。
来月、大会として初のレースがシドニーで開催されます。新しいチームやイベントの立ち上げに初期メンバーとして加われることが光栄であり、楽しみです。
さて、この3年間を通じて、自分にとってボートは主戦場ではなくなりました。
息抜きで漕いだり、外から情報を得たり、観戦したりすることはあっても、熱くなって誰かと張り合う対象ではもうありません。
今の日本代表のエルゴのスコアを見たりしても、「おー、なかなか凄い」と思うことはあっても、昔みたいに自分との優劣を気にすることもほとんどありません。
大学卒業後、実業団ではない普通の会社に入ったにもかかわらず何年もボートを漕いでいた時、「これはある種の呪いだな」と思っていましたが、そんな呪いは気がついたらすっかり解けていました。
ボートを続けていたら、それなりに喜怒哀楽を感じながら打ち込んでいたと思います。でも、自分の当時の実力とそこからの延長線上には、今ほどのチャンスはなかったのではないかと思います。
そう考えると、「ボート」というフィールドに固執せず、別のフィールドに辿り着いたことは、少なくともスポーツ選手としてのキャリアの観点では良かったです。
(あえて「辿り着く」と書いたのは、セーリングを始めるきっかけになったSoftBank Team Japanの選考会の前にも、他競技のトライアルみたいなイベントに少しだけ参加したことがあったからです)
もちろん、雇用の安定性に欠けるなど、プロスポーツなりの厳しさもあるので、自分が良いと思うことが他の人にとっても良いというわけではありません。何が良いかどうかはそれぞれの環境や価値観、目的などによって異なり、また、その時点では良いと思っても予想外のことが起こるのが世の常です。
なので、後から振り返った時に今回の選択が良かったと思えるように、チームの活動に励んでいこうと思います。
さて、ボートは今でも関心はありますし、そこで頑張っている仲間のこれからの活躍はとても楽しみです。特に最近は一橋の先輩と後輩が活躍しているようで、東京五輪の日本代表選考は選考過程から楽しませてもらえそうです。
一方、「Rowingの志」というブログで書かれている通り、日本ボート界に関しては、いろいろ問題意識を持っている方もいらっしゃいます。
もはやボート競技の当事者ではないので、現場の選手やその他関係者の方々の苦労やもどかしさなどは正直わからないです。
自分みたいに「いろいろあって、ボート辞めて他のことする」のも良いと思います。
しかし、「いろいろあるけど、やはりボートを続ける」のであれば、変えるべきところは変えられるように仲間や資金を集めて変えていく必要があるでしょう。
これからどんな風にボート界が変わっていくのか、もしくは変わっていかないのか。
何はともあれ、自国開催の五輪で活躍する選手が誰になるのか。楽しみです。
セーリングを全く知らなかった昔の自分に教えてあげたいアメリカズカップのレースの流れ
当初はRowingのブログとして始まったということが嘘であるかのように最近はめっきりRowingから離れた本ブログ。そうこうしているうちに、いよいよアメリカズカップの挑戦者決定シリーズが開催される。
さて、アメリカズカップに興味を持たれた方の中には、ヨットレースに馴染みがない方もいると思うため、原則とレースの流れを簡単に説明したい。
原則
・スターボードサイド(進行方向を向いて右側)から風を受けて進んでいる艇(スターボードタック)は、ポートサイド(進行方向を向いて左側)から風を受けて進んでいる艇(ポートタック)に対して優先。
・両艇が共にスターボードタックもしくはポートタックの場合、かつ、艇がオーバーラップしている(自艇の2つのハルの後部を通るように引いた線に対し、双方にとって相手の艇の一部または全部が前方にある。要は自分から見て相手の艇が自分と重なる形で横にいたり、前から向かってきている)時、風下側の艇が優先
・両艇が共にスターボードタックもしくはポートタックの場合、かつ、艇がオーバーラップしていない時、前方の艇が優先
・上記のルールを破れば、相手に対して2艇身の距離を空けなければいけないペナルティーが課される。
・ヨットは風向きに対して真っ直ぐ進めないため、風向きに対して角度をつけて進んでいく。そのため、何度も方向転換しながら進むことになる。
・レース海面は境界(バウンダリー)で囲まれており、その範囲内でレースを行う。バウンダリーを超えたらペナルティー。
レースの流れ
前回のアメリカズカップのレースを例に説明していく。最初から観ると、なんとなくアメリカズカップの雰囲気が伝わるため、ぜひ一度通しでご覧いただきたい。
1.スタート前
レース開始まで2分10秒を過ぎるとポートタックの艇、2分を過ぎるとスターボードタックの艇がスタートエリアに入ることができる。
スタートエリアでは原則で述べたルール等を駆使し、相手に対して有利な条件でスタートできるように位置の取り合いが始まる。
スタート時間を過ぎた後にスタートラインからスタート。
2.スタート直後からマーク1、マーク1から風下のボトムマークまで
マーク1までは風向きに対して約90度の角度で進むリーチングという状態。スピードが出やすい。マーク1を回った後、ジャイブ(風下に走りながら、スターボードタック⇔ポートタックを切り替える)しながら、風下のボトムマークを目指す。
ジャイブの際はボートスピードが落ちるため、艇をフォイリング(水面から浮き上がった状態)させ続け、なるべく減速させないことが大事。
ボトムマークはどちらを回航してもよい。
3.ボトムゲートからトップマークまで
タック(風上に走りながら、スターボードタック⇔ポートタックを切り替える)しながら、風上のトップマークを目指す。ジャイブと同様、艇を減速させないことが大事。
動画の途中で艇がバウンダリーの両側に離れた状態から中央に向けて近づく瞬間があるが、原則にある通り、スターボードタックの艇に優先権があり、ポートタックの艇は避けなければいけない。
ボトムマークと同様、トップマークはどちらを回航してもよい。
4.トップマーク以降
コンディションによって回数は異なるものの、トップマークとボトムマークを行き来し、最後にどちらかのマークを回った後でフィニッシュラインに向かう。
5.最後のマークからフィニッシュラインまで
フィニシュライン側のマークを回り、フィニッシュラインまでリーチング。
その他
- ヨットは風の強さや風向きの変化によって、艇の速度や風向きに対して走れる角度が影響を受ける。そのため、ボトムマークやトップマークで相手と違う方向に進むことで、優位に立とうとすることがある。
残念ながら地上波ではレースが放送されないようではあるが、アメリカズカップの公式アプリでレースの動画が配信されるようである。
とはいえ、やはり報道の形で広く日本の皆さんに成果をお伝えできるよう、一つ一つのレースで結果が出せるように励んでいくつもりだ。
「ワールドシリーズ」という大げさな名前の前哨戦が終わり、実はアメリカズカップはこれからが本番という話。
約1年半に渡った「ルイ・ヴィトン・アメリカズカップ・ワールドシリーズ」が先日の第9戦・福岡大会にて終了した。
SoftBank Team japanは福岡大会及びワールドシリーズ通算成績は5位となった。
満足のいく結果ではなかったものの、アジア初となるアメリカズカップのレースを日本で開催し、日本の皆さんの前でレースができたことは、チームにとって大きな成果であったと言えよう。
全ての関係者の方に、改めてお礼申し上げたい。
さて、これをもってアメリカズカップが終了し、自分は一度も試合に出ることもなくバミューダという夢の国での生活を終え、再び社畜としての新たな人生を一人寂しく歩んでいくのかというと、そんなことはない。少なくとも「アメリカズカップが終了した」という点においては。
「ややこしい」という声を聞くことが多いのだが、実は「ワールドシリーズ」は予選の前哨戦なのである。
・ワールドシリーズ(2015年7月-2016年11月)
全6チームによるフリートレース(全チームが同じレースで一斉にスタート)。全チームがAC45Fという同じデザインの艇を使う。
このワールドシリーズで1位のチームは次のクオリファイヤーズで2ポイント、2位のチームは1ポイントのアドバンテージを得る。
・クオリファイヤーズ(2017年5月)
全6チームによる総当たり戦が2回行なわれる。マッチレース(1対1のレース)。
勝てば1ポイント、負ければポイントなし。
前大会のチャンピオンで、今大会のディフェンダーである「Oracle Team USA」を除いたチャレンジャー5チームのうち、最下位1チームはここで脱落。
・プレーオフ(2017年6月)
クオリファイヤーズを勝ち抜いたチャレンジャー4チームによるトーナメント戦。マッチレースで5戦先勝。
勝ち上がったチャレンジャー1チームのみが、チャレンジャー代表となる。
・アメリカズカップ・マッチ(2017年6月)
チャレンジャー代表とディフェンダーとのマッチレース。
このレースこそが「アメリカズカップ」。7戦先勝。
勝ったチームがアメリカズカップを手に入れる。
さらに、艇の種類もいくつかあり、ワールドシリーズで使われた「AC45F」、今まさにバミューダで乗っている開発プラットフォーム「AC45S」、そして、クオリファイヤーズ以降で使われる「AC50」(仮称)の3つである。
AC50は基本的に各チームで同じデザインなのだが、チーム独自のデザインや操作システムが認められている部分があり、AC45Sを用いてその開発を進めているのである。
例えば、「フォイリング」(艇を海面から浮き上がらせる)に必要な水中翼がついた「ダガーボード」と呼ばれるパーツのデザインも、規格の範囲でチーム独自の開発が認められている。
【AC45F】


【AC45S】


少し見ただけでは、ほとんど違いは無いように感じられるかもしれないが、実は大きく異なっているのである。
艇上に取り付けられたカメラの映像を見ると、その違いがわかりやすいだろう。
【AC45F】
【AC45S】
AC45Sは大型のウインチが両側の船体に2つずつ設置されており、1つのウインチを2人で回す。ウインチはロープを引き込むだけでなく、艇の操作に用いられる油圧の補給にも用いられる。油圧のエネルギーを使うことで、AC45Fでは時間をかけてロープを引っ張らないといけなかった操作が、AC45Sではボタンを押すだけで操作可能になったり、より強力なエネルギーを用いたりすることができる。
油圧の補給はとても重要で、補給が追いつかないと以下の動画のように危険な事態も起こりうるのである。
動画内の解説によると、転覆しそうになったニュージーランドの艇は、ウイングセール(帆)のコントロールに必要な油圧エネルギーが足りなかったために、うまく操作できなかったという。
ちなみに、油圧補給のためにウインチを回し続けるという動作は、高い出力をキープするという点において、ローイングのエルゴで必要とされる体力に近いように感じる。実際、最近はニュージーランドの艇に当たり前のようにボート選手が乗っているし、自分のチームメイトの中にもボート未経験であるにもかかわらず、2,000mのエルゴで6'14がベストスコアだというメンバーもいる(そのメンバーも多少はエルゴでトレーニングをしてきたのだと思うが、ボート経験者の自分としては、ベストスコアで負けていて肩身が狭い、、、)。
さて、アメリカズカップはまだまだこれからが勝負であるため、今後もSoftBank Team Japanの活躍を期待していただきたい。
(後記)
書いた後で思い返すと、ちょうど去年の11月27日はクルー選考の初日。
冬場のトレーニングの励みになればと思い、軽い気持ちで受けた選考会だったのが、まさか今こうしてバミューダで生活しているとは。
思えば、学生時代に打ち込んだボート競技も、最初は「いつでも辞めていい」と言われて、その場のノリでボート部に入ったような気が。。。
少し先の未来。何に惹かれ、何をしているかはわからないものです。
【番外編】「なぜボート選手がセーリングのプロチームのメンバーに選ばれたのだろうか」。僕なりに何日か考えた上でのやや気恥ずかしい結論のようなもの。
SottBank Team Japanでの活動が始まって約1ヶ月が経過した。一橋大学卒業・総合商社出身という経歴が詐欺とも言えるレベルで英語ができないものの、「なんとなくこういう事を言っているような気がする。。。」というテレパシー能力を駆使して相手の意図を読み取り、アニメや漫画で学んだ簡単な英語と大げさなジェスチャーで自分の意図を伝えるというサバイバル生活が続いている。
現時点で特に役立ったのは、漫画「テニスの王子様」で主人公の越前リョーマが使っていた以下のフレーズ。
「You still have lots more to work on...」

※「You」の部分は「I」に変えて使用。主人公がドヤ顔で放つ決め台詞も、「I」に変わった途端、「私なんてまだまだです。。。。」と切実に謙遜の意を示すなんとも侘びしい台詞となる。
さて、そんな自分が今回セーリングのプロチームに選ばれた際、皆さんから様々なメッセージをいただいた。一番多かったのが、「なんでヨットなのかよくわからないけど、すごそう!頑張って!」という趣旨のメッセージだ。
「なぜボート選手がセーリングのプロチームのメンバーに選ばれたのだろうか」
至極まっとうな疑問に関して自分なりの結論は以下のとおり。
「もちろんセーリングの知識はある程度必要だけど、知識に加えてレース中に力強く動き続けられるフィジカルを持ったアスリートが必要だから」
順を追って説明しよう。
・アメリカズカップで使うヨットは、デカくて重くて速い。前回大会で使われたAC72は、高さ約40m、重さ約6トン、最高速度は時速約90km(今回の大会で使うヨットはもう少し小さい)。そして、オリンピック競技のセーリングとは全く異なる。ボートで例えると、公園の手こぎボートとエイトくらい違う。ガンダムで例えると、ボールとサイコガンダムマークⅡくらい違う。
《AC72》

《五輪種目である470級》

・デカいヨットを操るクルーの中には、ヘルムスマン(舵取り)やトリマー(帆を操作する人)の他に、グラインダーというポジションがある。今回SoftBank Team Japanが日本人クルーの選考で募集したポジションはグラインダー。グラインダーはウインチ(巻き上げ機)を動かすポジションであり、マッチョのポジション。
・アメリカズカップで使うほどのヨットはウインチもデカく、動かすのも大変。そして、ウインチは帆の操作のみではなく、ヨットの細かな操作に用いられる油圧のエネルギー補給にも使われる。そのため、ウインチを動かし続けないといけない。
・そこで、身体能力のテストを中心としたトライアルを実施。トライアルの種目のひとつにボート選手には馴染み深い2,000mローイングエルゴメーターがあるという幸運にも恵まれ、運良く自分が選ばれた。
自分はボートの軽量級にも挑戦していたということもあって全然マッチョではないが、周りのメンバーは全員マッチョ。体重100kg近いメンバーも数人いる。そんなマッチョメンバーの仲間入りを果たそうと、日々トレーニングに励んでいる。
トレーニングで使う器具の中に、実際のウインチの形に似たアッパーボディーエルゴメーターがある。以下の動画の38秒目ほどにある、自転車のペダルを上半身で動かすような機械だ。
他チームのグラインダーの中には、最大1,300ワットほどの出力を出せる人がいるらしい。実際にはもっと出力のある選手もいるかもしれない。なお、日本ボート協会がワットバイクという機械でトライアウトをしているが、下半身ですら1,300ワットを出している人は少ないようだ。それを上半身でやらないといけない。そして、実際のレースでは20分強の中で高い出力を保ち続けないといけない。これはマッチョにならないといけない。
最初の頃はそもそも負荷が高すぎてまともにウインチを回せないという状況が続いたが、徐々に回せるようになってきた。ボートやオフィスワークが恋しくなる瞬間が無いことはないが、それらは一旦忘れて今の目標に向かって打ち込むつもりだ。
《参考情報》
○SoftBank Team Japanの活動について
ホームページ:http://team-japan.americascup.com/en/home.html
Facebook:https://www.facebook.com/SoftBankTeamJapan/?fref=nf
○バミューダについて
26秒目からバミューダの景色が映っています。
https://www.youtube.com/watch?v=DeWBBAnQB_E
《今後の大会スケジュール》(予定)
ルイ・ヴィトン アメリカズカップ ワールドシリーズ(LVACWS)
・第5戦: ニューヨーク(アメリカ) 2016年5月7日から5月8日
・第6戦:シカゴ(アメリカ) 2016年6月11日から6月12日
・第7戦:ポーツマス(イギリス) 2016年7月23日から7月24日
・第8戦:トゥーロン(フランス) 2016年9月10日から9月11日
【最終章】-全国のオアズパーソンへのブログ-
CRIMSON/GANGは一時活動を中止する。主力選手(筆者)の移籍と後継者不在によるものだ。移籍の詳細は以下の記事を参照してほしい。
ソフトバンク・チームジャパン新クルー、吉田雄悟、笠谷勇希インタビュー | BULKHEAD Magazine バルクヘッドマガジン
ボートを離れることが寂しい反面、新しい舞台での挑戦には心が躍るものである。
改めてCRIMSON/GANGでの活動を振り返ると、良い思い出ばかりだ。
もちろん、活動中は苦労が多かったし、勝てたのは設立1年目となる2013年のM2+のみである。それでも、他の実業団や学生チームでは得られないであろうやり甲斐があった。
【主な活動結果】
2013年(設立1年目)
・東京国体5位(M4+)
・全日本選手権優勝(M2+)
2014年(設立2年目)
・長崎国体3位(M2X)
・大阪レガッタ優勝(M1X)
・タイ代表選手との年末合宿@タイ
2015年(設立3年目)
・アジアカップ6位(M1X)、4位(LM1X)@シンガポール
・全日本選手権3位(M2X)
CRIMSON/GANGの選手は、会社の中では働きながらボートを漕ぐことを前提とはされていない。学生チームに比べると、艇庫や合宿所、マネージャーなどのサポートが万全ではない。練習時間の確保や食事の管理、大会出場に向けた事務手続き、艇やオールの確保も全て自分たちでやらないといけない。
苦労自慢をするわけではなく、「そういった制約をどうやって乗り越えて結果を出すか。」という創意工夫が楽しかった。結果を出すという観点から見れば要らない苦労ではあるが、自分たちのスタイルに合った形でボートを続ける。定めた目標に向けて着実に近づいている日々。その過程が楽しかった。「楽しかった」というよりは、むしろ「夢中になれた」とか「充実していた」というニュアンスが強いかもしれない。
各レースで勝つことは目標ではあるものの、目的ではなかった。
「既存の選択肢にとらわれない方法を示す」という目的にそった活動ができたと思う。
学生や実業団ではない、第三勢力として全国大会の舞台で優勝を目指して戦えた。
日本代表として選ばれなくてもアジアカップに出場できた。つながりはなくても、交友関係をつなげることでタイの選手と合宿できた。
自己満足だろうけど、自分が満足できたならば、自分にとっては最高だろう。
CRIMSON/GANGがきっかけであろうとそうでなかろうと、それぞれの想いを込めてボートに打ち込むクルーが増えてくれば幸いである。
勝ち負けだけじゃない何かを、教えてくれる時計メーカーがある。
世界は広い。日本一でさえ難しいのだから、世界一なんて途方も無いだろう。
ボートの勧誘の時、「ボートなら大学から始める人も多いから、日本一を目指せる」という宣伝文句があるそうだ。確かにそのとおりだと思う。でも、それは大学から始める人が多いからではなく、正しくは「日本では競技人口が少ない一方、競技経験が少ない人が多く、その割に種目が多いから、他の競技よりも上に行きやすい」だろう。
もしそうなら、日本一から世界一のハードルはずっと厳しいのかもしれない。
日本一とか世界一は大会での勝ち負けで評価されるが、大会の成績ではなく、他の基準でボート選手を評価している賞がWorld Rowingにある。
「Parmigiani Spirit Award」というもので、スイスの時計メーカーである「Parmigiani Fleurier」がWorld Rowingのスポンサーとして提供している賞であり、大学生が対象となってる。
対象は以下を達成した大学生の選手である。
「社会、学問、スポーツの面でRowingのコアとなる価値を体現しており、その価値を体現することで、他の分野での成功もしくは成功のきっかけをもたらした」
原文を引用すると以下の通り。
「The Parmigiani Spirit Award will be presented to a university rower who has demonstrated the core values of rowing in his/her social, academic and sporting life, and, through these values, also enabled or inspired exceptional success in other people's lives - for example in education, business, sports or charity.」
要は「ボート以外も頑張っているボート部の学生を表彰する」ものだ。
この賞がすごいのは、受賞者にはParmigiani Fleurier製の高級時計(Parmigiani Fleurier製は安いもので100万円くらい。やたらとかっこいい特別製のため数百万円ぐらい?)が与えられ、受賞者が所属するチームには、Filippiの特製エイト(カーボンウイング)が与えられることだろう。
なお、2015年の受賞者は25歳の女性。世界ジュニアへの出場経験があり、ハーバード大学ボート部の元女子キャプテン。学業も優秀で、ハーバード大学在学中は2年連続で奨学金をもらっていた様子。ブラジルの大学で水の再利用に関する研究を行った後、ケンブリッジ大学の博士課程に進学予定。
「勝ち負けだけではない何か」に自信がある大学生は、ぜひ来年申し込んでほしい。